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ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ

境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

記憶の部分的な消去と自己都合の優先。

最初に、このブログは境界性人格障害、最近では境界性パーソナリティー障害、英語ではBorderline Personality Disorderと呼ばれることから略称としてBPD、転じて日本語でボーダーライン、或いは略してボダと呼ばれる病気の被害に遭われた、または遭われている方に向けて書いています。

境界性人格障害の人や、回復を目指している境界性人格障害の人、及びその回復を支える人にはなんら有用な情報はありません。むしろ有害である可能性もあります。また、私はあなたの事を知りませんし、知らない人に対して個別に記事を書いたりはしません。つまり、ここにはあなたのことは何も書かれていません。どうぞ、読まずに他のサイトへ移動してください。

さて、本題です。

今回は、いただいたコメントから気になったことについて触れたいと思います。
その内容は、今回もまた大雑把にまとめますが、「通常、共有されているはず、或いは共有されているとしてよいレベルの大前提や、得られたはずの合意などが通じない」というものです。

少し具体的な例を挙げてみます。

例えば、あなたのクローゼットから、しばしば服がなくなります。ボダが勝手に服を持ち出し、使い、返却をしないからだと判明しました。
あなたはボダに抗議をして、話し合いをします。その話し合いにより、最低限、服を持ち出す前にはあなたにひとことうかがいを立てること、という内容でなんとか合意します。
ところが、それからも気がつかないうちに服がなくなります。あなたはそれを不快に思い、「なぜ前に話した通り、断りをいれないのか」とボダに問います。
すると、ボダは怒りをあらわにしながら、あなたに言います。
そもそも、あなたに断りを入れなくてはいけないことが理不尽である。誰がみても、クローゼットにある服と同じものをボダが別途買うのは不経済であり、むしろあなたがボダに対して貸さないという嫌がらせをしている。自分はその嫌がらせを守る必要はない。そのような嫌がらせをしているあなたこそ、ボダに対して謝るべきである。
前回の話し合いが無意味だったことと、あなたの財布とボダの財布の区別ができないかのようなボダの物言いに、おそらくあなたは酷く狼狽することでしょう。

ひとつめ、時間をかけて納得や合意を得られたことが全く無意味に思えるようなことをされる。そしてふたつめ、話し合うまでもなく常識的なレベルの前提が前提として成り立たない。これは、被害者にとって非常に疲れる事象です。
マトモに相手にしていたら、自分の常識が狂っているのではないかとすら思えてきます。

これらに対して私感での考察に過ぎませんが、これらは「自己都合の優先」と「記憶の部分的な消去」が原因にあるのではないかと私はみています。
記憶の部分的な消去は、もう少し具体的に言うのなら「結果以外の切り捨て」です。

ボダがクローゼットから服を勝手に持ち出した。結果、あなたが不愉快に思い、話し合いがされた。その場でボダはあなたと合意して「今後は服を持ち出す時はあなたにひとこと言うことになった」。

後日、「 」で括った部分以外は消えます。これが記憶の部分的な消去です。
そして、以前は自由に持ち出せた服が、突然あなたの許可が必要になった。とても理不尽で、嫌がらせされているように感じます。なので、従う必要はないという結論です。残った「  」の部分を後ほど新たに解釈して、勝手に判断した挙句、あなたへの怒りを感じる。これが自己都合の優先です。

もちろん、怒りが募るだけではありません。
別の例を出しましょう。

毎晩、睡眠不足になるほど長時間の会話を交わすことで、あなたが日常に支障が出始めたため、あなたの提案で話し合って「会話を打ち切る時刻をふたりで決めた」とします。

後日、例えばこのように扱われます。
先日、会話を打ち切る時刻をふたりで決めたけど、話していると楽しいし、それを打ち切るのは嫌なので、時刻は目安程度で無視をしても問題ない。むしろ、あなたによって打ち切る時刻をふたりで決めたかのように仕向けられたのは、あなたが関係を切ろうとしているサインかもしれず、不安だ。

時間を決めるにあたって、あなたが説明した理由はすっぽり抜け落ちます。そしてむしろ会話の打ち切りを匂わせると不機嫌さや不満を見せたり、或いはあなたの打ち切りたいという意向を意図的に無視するような行為に出ます。

不可解なことに、消去は故意にやっているというより、本気で「記憶に残っていない」ように見えます。
一方で、ボダは特に過去の嫌なことは事細かに憶えていたりします。
何度も過去のことを事細かに掘り返されて責められた経験は、被害者にはありがちなことでしょう。
詳細な過去の記憶の呼び起こしと、まるで忘れ去ってしまったかのような記憶の部分的な消失。このギャップは被害者にとって非常に不可解に感じます。
実は故意に無視しているのではないかと感じてしまいますし、不可解さと理解のしがたさ、そして話し合いでも理解を得られないことが、被害者にストレスを感じさせます。

なんとなくですが、この症状はADHDの方の「興味対象外の事象に対する無記憶」に似ているように感じます。
共通しているのは、それが故意にではなく無意識に行われていること、違いは、無記憶の境目が興味の有無ではなく、ボダの欲求に沿う・沿わないであることです。

この現象は、特に仕事関係の場合は、ストレスだけではなく、実害をストレートに伴う場面も出てきます。
部下が、上司が、或いは同僚がボダの場合、理解ができない理屈で損得を無視した勝手な行動をされたり、或いは時間をかけて決めたルールを反故にされたり、または朝令暮改よりも激しく、まるで感情的に指示やルールが変動したりします。もちろん、その結果として発生した問題は片付けないといけないため、場合によってはチームや部署の人たちが丸ごと振り回されます。

対処法は「三十六計逃げるに如かず」なのですが、残念ながら仕事の場合はそうもいかないことがほとんどです。
(しかし、あまりにあなたの精神状態がヤバくなったら、ほんとに辞めてでも逃げる方策を考えるべきだとは思います。)
逃げられない場合の最善策は「関わらない」ですが、それすら難しいのであれば、深いつきあいにならないように気をつけましょう。
ボダ本人が意図していなくても、被害を受ける確率はボダに好意的に接するほど上がります。
その他の対策として、

・指示を出す、受ける時は常にそれをオープンにします。口頭よりもメール、さらには宛先としてボダ以外にCCをつける、などです。受ける側なら、今後の業務予定を報告するなどの形で、やはりCCをつけてメールをする、などの方法があります。これは平常時にクローズドな関係になるのを防ぐ他、問題発生時に関係者に捏造を吹聴されることへの対策になります。
・問題が発生した場合には、理由よりも問題への対処を優先させます。ボダへの責任追求はボダが被害者的ポジションに立とうとすることにボダを集中させてしまいます。それは問題の片付け以外にさらに面倒ごとを増やすだけのことです。
・チーム内でルールを決め、破った場合の対処を常に安定して行います。チームメンバーが破った場合も、ボダが破った場合も等しく対処することが肝要です。ボダが当たり散らすから、暴れるからという理由で対処を緩くしたりしてはいけません。それはボダに「暴れたらルールを守らなくてもよくなる」と思わせてしまいます。
・当たり前ながら、個人的な相談などは受けてはいけません。また、チーム内をなるべくオープンに保たなくてはいけません。ただし、それは「なんでも話す間柄の関係を作る」ことでは(絶対に)ありません。「叱る時に、周りの目がないようにする」などの個別対応をしなくてもよい状態に保つということです。

というものが考えられます。
1対1の関係はとにかく一番振り回される原因になるので、それを避けましょう。距離を置けるだけ置くことも、忘れずに。

最後に。
例によって、ここまで書いておいてなんですが、「あなたの心の平穏のため」以外にはボダを理解する必要は、実はあまりありません。
一番大事なことは、あなたがあなたを守れることであるのは、どんな状況でも同じです。
極論を言えば、ボダに引っ掻き回される状況にあなたが無理矢理踏ん張り続ける必要もないですし、黙って辞めるくらいなら文句のひとつを言ってもいい。
それ位の強く気楽な気持ちでいる程度が、丁度いいくらいだと思います。
疲れるし、頭おかしくなるような相手だと思いますが、どうぞ、そんな中でもあなたの心を大切にしてください。