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ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ

境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

主語の肥大化、という話し方。

最初に、このブログは境界性人格障害、最近では境界性パーソナリティー障害、英語ではBorderline Personality Disorderと呼ばれることから略称としてBPD、転じて日本語でボーダーライン、或いは略してボダと呼ばれる病気の被害に遭われた、または遭われている方に向けて書いています。

境界性人格障害である本人や、自分を境界性人格障害ではないかと考えている人、そして回復を目指している境界性人格障害の人、及びその回復を支える人にはなんら有用な情報はありません。むしろ有害である可能性もあります。また、私はあなたの事を知りませんし、知らない人に対して個別に記事を書いたりはしません。つまり、ここにはあなたのことは何も書かれていません。どうぞ、読まずに他のサイトへ移動してください。


とは言え、今回は特にボダに特化した話ではありません。以前に書いた記事、「実は」という展開と同じように、話術のひとつについてです。
では、前振りから。

言葉に説得力や力を持たせる方法はいくつかありますが、その中でひとつ、とても簡単な方法があります。
それは、受け取り手に「話している内容が多数に支持されている」と思わせる、というものです。
これは手軽で大したコストもかからず、日常的によく使われている手法です。例えば「当サイトで3年連続売り上げ第1位」などと見かけたことはありませんか?他にも、「皆さんこれをお買い求めになられてます」なんて言葉も常套句のひとつです。これは「多くの人が買っている、選んでいる」という形での訴求です。他にも胡散臭いものとして、どこかのメディアが「サイレントマジョリティー」という言葉を使ったりしましたね。「声を挙げない多くの人」というくらいの意味でしょうが、これは「その正体は不明だけど多数の支持がある」と匂わせるための言葉です。

「多くの人が認めている」という要素は、社会を作って生きる人間という生き物にとってとても訴求力がある。特に、他の人と同じであることを尊重する風潮があればあるほどに。これは直感的に理解ができる事実です。

実際に「多くの人が支持をしているかどうか」というのは、提示をされた側には判断できないこともあります。特に、その母体が見えなければ確かめようもありません。見えていても、いちいち聴いてまわれないこともままあります。
そして、以前の記事でも書いたように、事の真偽が判らない場合、人は往々にして「本当だった場合」を考慮に入れて行動を判断をします。

この、いわば「習性」を意図的に用いると、人を簡単に追い詰める事も時にはできるのです。例えば、こんな風に。

あなたの私に対する態度をみんなに聞いてみたら、みんなその態度はおかしい、酷すぎると言っていた。私は自分が我慢すればそれでいいと思っていたけど、みんなあなたの事を縁を切った方がいいとか、あなたが態度をちゃんとするべきだっていってる。あなたが他の人から酷いことを言われないように、自分があなたに伝えないといけないと思った。

要約すれば「私があなたの態度を気に入らない」ですが、「他の人も同じく気に入らない」と、他にも支持する人がいる形での主張です。そもそも「みんな」は部外者でしょうし、「あなたの態度」がどう伝わっているかなんてわかりません。
でも、このように言われると、人は「正体の判らない多くの支持者」について考えてしまいます。

繰り返しになりますが、この使い方は境界性パーソナリティー障害に限った話ではありません。
もっとストレートに、イジメなどではこんな形で主語が肥大化します。

「わたしたちは、みんなあなたの事を嫌ってる。」

学校などのある程度限られた空間の中では、いくらぼんやりした母体でも、受け取り手にとって範囲はある程度限定できてしまうものです。
そして、受け取り手は考えます。クラスの人に嫌われてるのではないか。職場の同じ部署の人に嫌われてるのではないか、と。

でも、実際にはぼんやりしたものなのです。
あなたのことをもし嫌ってる人がいるとするなら、あなたに告げた人と、もしかしたらその周囲の数人。大抵の場合事実はそこまでで、大多数はあなたに無関心です。決して味方ではないかもしれないけど、敵でもない。

ですから、あなたが誰かに「みんな」を突きつけられたら、あなたはそれを鵜呑みにしてはいけません。「みんな」がなんなのかを探る必要もなく、ただ確実に言えるのは、あなたにそれを突きつけた人がそう思っている、ただそれだけのことだと、肥大した主張の芯を見極めないといけません。
でなければ、あなたは「ありもしない、見えない、あなたを支持していないかもしれない大多数」に翻弄されてしまうのです。


最後に。

世論を味方に相手に何かを提示する、これはよくあることです。先に書いたように、これは境界性パーソナリティー障害の特徴でもなんでもありません。

ただ、あなたが被害を受け続けて孤立している時にこの手段をとられると、疑心暗鬼が膨らんだりなどしてより孤立へ向かってしまいます。

ですので、こう書いておきます。

あなたが誰かにとって非道であろうが、不誠実であろうが、そんなことはどうでもいいのだと知ってください。もし糾弾されるとすれば、あなたがあなた自身に対して非道で不誠実な時だけであるべきです。もちろん、糾弾してよいのは、あなた自身だけです。

どうか、正体もわからない「大多数」に対して、あなたはあなたを見捨てないようにしてください。相手がそうであるように、あなたもまた自分を優先してよい。相手を非道だとか不誠実だなんて指摘するような場面がある場合、それは単に利害が違っているだけのことがほとんどなのです。


季節の変わり目です。
気候は相変わらずぶれぶれですが、皆さん体調管理にお気をつけて。ご自愛ください。