読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ

境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

新生活でボダ被害に遭わないために

最初に、このブログは境界性人格障害、最近では境界性パーソナリティー障害、英語ではBorderline Personality Disorderと呼ばれることから略称としてBPD、転じて日本語でボーダーライン、或いは略してボダと呼ばれる病気の被害に遭われた、または遭われている方に向けて書いています。

境界性人格障害の人や、自分を境界性人格障害ではないかと考えている人、そして回復を目指している境界性人格障害の人、及びその回復を支える人にはなんら有用な情報はありません。むしろ有害である可能性もあります。また、私はあなたの事を知りませんし、知らない人に対して個別に記事を書いたりはしません。つまり、ここにはあなたのことは何も書かれていません。どうぞ、読まずに他のサイトへ移動してください。

さて、いつも通り前振りから始めたいと思います。
すっかり桜も満開、もうすぐ散り始めるような時期になりました。年度末を越えるのに少し忙しかったので更新の間が空いてしまいましたが、気がつけば春でした。
春といえば、皆さんの周りでも色々と環境が変わる季節です。進学や就職、そして新入生や新人が増えたりなど。新たな人が周りに増えれば、人間関係も変化が訪れます。

そこで今回の記事では、新しい人間関係の中で新たにボダ被害に遭わないためのポイントを書いておきたいと思います。

というわけで、本文です。

初対面の人と新しく関係を作る時は、程度の違いはあれど、誰でも緊張を感じます。無難な会話を試みるなどして相手の事を推し量り、お互いの関係、或いは距離を決めていきます。
この段階では、相手が「ボダのような気質の人か否か」を見極めることは難しいです。一度被害に遭うと「なんとなく」わかるものですが、そうでなければ、そうでないのなら、この段階ではむしろ「話しやすくとても気があう相手」と認識することの方が多いと思います。

基本的にボダは最初から敵意や悪意のようなものを振りまいてはいません。むしろ、タゲにできるかどうかを(無意識に)判断するまでは社交的です。話しやすく会話は弾みますし、親切で優しく献身的、親しみやすさを感じるほどでしょう。

この段階でもし何か違和感を感じるとしたら、「距離感」です。特に「遠い」方向ではなく「近い」方向に違和感を感じます。
非常に大袈裟な例えを挙げると、「今、知り合ったばかりで会話こそ弾んだけども、なので今日これからあなたの家に泊まりに来る感じ」のような、恐らくはあなたの想定或いは予測しているよりも非常に近い距離感を示して来る、という具合です。

そして、被害に遭ったことがない人でも違和感を感じるとすれば、(周囲に人がいない、などの意味も含めて)二人きりになった時の距離感だろうと思います。もちろん、この距離感も「想定よりも近い」方向です。
例えば、知り合ったばかりの人に話すには到底考えにくいレベルの重い相談をされる、もしくは、まだお互いによく知らない状態なのに手放しにあなたを賞賛や深い信頼、或いは過剰な献身的態度を与え、見せてくる。このあたりは「ありがち」なことだと思います。
前者の例ではあなたは戸惑うでしょう。あなたが良識的な人であればアドバイスのひとつ、慰めのひとつでも与えたくなるかもしれません。
後者の例ではあなたは舞い上がるかもしれません。また、あなたへの賞賛が「嘘臭い」と感じるのは(あなたがまだ被害に遭ったことがないのであれば)難しいでしょう。なぜなら、嘘ではないからです。もしあなたを利用する目的でおだてるのであれば、あなたは恐らく「嘘臭さ」を感じる事ができるでしょう。ですが、ボダの賞賛は本気です。振り切れた針のように、心の底から賞賛しています。ですから、嘘臭さは判断の指針にはなりません。
もちろん、前者後者の区別なく「距離感への違和感」を感じたら冷静に考えるべきです。

そして、もしもあなたが相手と自分の距離感の違いに不安に感じたのなら、あなたは判断をする前に心の中で一呼吸を置いてください。
大切なのは自分の境界をきちんと自身で守ることです。ノーをきちんと示すことです。
誤解を恐れずに言うのなら、被害に遭うのは、あなたの眼の前にボダ(かもしれない)人がいるからではなく、あなたが自身を守れない、譲ってしまうからです。
新しい環境では不安も多いでしょう。そんな中、とても気の合う人に打明け話や頼み事をされたら、相談に乗らなかったり、断りを入れるのには勇気が必要かもしれません。だからと言って、あなたは自身を守る行為を放棄してはいけません。

きちんと一線を引けば、ボダはあなたをタゲにはできません。特に関係ができてから対応が早ければ早いほど被害を回避できますし、仮に被害に遭っても軽度で済む確率が高くなります。
違和感を感じたら線引きを。これをキーワードに、皆さん新しい環境で楽しく過ごしていきましょう。


さて、最後にコメント返信です。

冒頭に(平たく言うなら)ボダは読むな、と書いてあるにも拘らず、「BPD(境界性パーソナリティ障害)と診断されている」という前置きのもと、複数のコメントをいただきました。
このブログはBPDの方にはとても辛辣です。それを読んでくださり、なおかつブログの意図をご理解頂けたことに心から感謝します。今後、寛解に向かって歩まれることを願います。そして、ほんの少しだけ返信をしたいと思います。

返信は大まかにふたつ。

ひとつ、「ひとめぼれ」は、私の見解では「恋愛交際の即決」に過ぎません。が、恋は盲目とも言いますね。盲目な状態では、確かにお互いにとって良くない方向しか見えないようにも思います。盲目さは怖いですね。

ふたつ、「曖昧」は別段BPDを患っている、いないに拘らず、そこに難しさを感じることはままあることだと私は思います。
でも、日常には溢れるほどに曖昧は存在しています。白か黒かではなく、その間に灰色が存在しています。灰色は様々な要因で白っぽく見えたり黒っぽく見えたりします。
これを例えばひとつ置き換えるのなら、「嫌い」と「好き」の間には「好きだけど嫌い」「嫌いだけど好き」といったものがあるのだと思います。そしてこの視点には「(あなただけではなく)みんなが、あなたほどの劇的さはないにしろ、常に心は揺れ動いてはいる」という事実が含まれますし、「人には色んな面がある」という事実が含まれているのでしょう。
理屈っぽいですが、白と黒の間に、ひとつ「灰色」を認識する、その灰色の中身を落ち着いて考えてみる、そんなアプローチがあってもいいのかな、と素人としては思います。
あなたの頭の整理に役立てば幸いです。


その他、コメントを皆さんから引き続きいただいています。ご自身のための整理コメントは引き続きご自由にお書きになってください。
全て読んでいます。公開は従前の通りしません。全てにお返事はできないかもしれませんが、全ては読ませていただいています。


やはり一番は恋愛関係(またはそれ以上の関係)で悩まれてる方が多いです。
残念ながら、初期の浅い関係のうちでもなければ、ボダとの別れの段階では「きれいに」終わることは難しいです。
むしろ、「きれいに」なんて考えてるうちは、うっかり期待してよりを戻したりしてしまうことの方が多いように思います。

立ち直りまでの年数は、私は片手くらい(の年数)だったように思います。(単に日常生活に戻るのは多く見てもほんの数日、直ぐでした。)
もちろん早ければそれに越したことはないでしょうが、こればかりはそれぞれかと思います。
PTSDのようになる方もいる。人間不信になってしまう方もいる。受けた被害に比例するような感じが(ぼんやりと)しますが、いずれにせよ自分は他の人に比べて立ち直りが遅い、と落ち込む必要はありません。
あなたには、あなたの時間をあなたが望むだけ使って良い権利がある。ゆっくり、あなたのペースで行きましょう。

面接で見分ける方法。
面接する側としての経験上、ないと思います。履歴、経歴の長さは私の経験上、物差しにはならない気がします。職歴の多い人がいたとしても、それはイコールボダとは言えないからです。
むしろ、ボダが居ても揺るがない体制や、個々人の自分を守るという認識こそが目を向けていくべきポイントかなとも思います。

親権問題。
士業、先生業に於いてあらゆる方面で素人の私には残念ながら適切な回答を申し上げる知識がありませんが、親として行動を起こすなら慎重になさってください。証拠や記録を万端整えて、ミイラ取りがミイラになる事態は避けねばなりません。そして、ひとりで対応するのではなく、しかるべき専門家への相談や依頼を併用なさってください。それだけで随分と心の負担が減るはずです。最終的に、あなたの納得できる結果が得られることを願います。


桜に新緑が混じり始め、少し冷えたりしつつも季節は弛むことなく移り変わります。
あなたの周りの風景はいかがですか?あなたの周りの人たちはどうしていますか?あなたの心は、気持ちは、どんな風でしょうか。
もしも今、苦しい気持ちでいたとしても。ほんの少しずつでも、「自分のために」時間を使いましょう。あなたは頑張ってきたはずです。よく耐えてこられたはずです。そのあなたに、あなた自身が「自分のために」ささやかなことでも、何かをする。自分のためにこそ、心を動かしましょう。

次回はあまり間を空けないように更新をする予定です。