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ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ

境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

境界性人格障害の被害からの逃げ方、逃がし方

最初に、このブログは境界性人格障害、最近では境界性パーソナリティー障害、英語ではBorderline Personality Disorderと呼ばれることから略称としてBPD、転じて日本語でボーダーライン、或いは略してボダと呼ばれる病気の被害に遭われた、または遭われている方に向けて書いています。

境界性人格障害の人や、回復を目指している境界性人格障害の人、及びその回復を支える人にはなんら有用な情報はありません。むしろ有害である可能性もあります。読まずに他のサイトへ移動してください。
 
 
今回は、ひとりで被害を受けていない場合の逃げ方です。
ひとりで被害を受けていない状況の例をあげてみます。
 
例えば、親がボダである場合。兄弟姉妹が居て、自分が保護をする立ち位置(長子である場合が解りやすいでしょう)にある場合、できれば兄弟姉妹もその被害から一緒に逃したいと思うことがあるでしょう。
例えば、婚姻相手がボダであり、そして子どもがいる場合。単なる離婚だけではなく、そこには親権の問題が絡んできます。特に女性がボダの場合、女性が親権を獲得しやすい状況であれば、非常に困難な道のりです。
 
この2例のうちで、とりあえず勝負が成り立ちそうなのは後者の場合です。調停などの形で第三者が入る状況が作りやすいため、前者の例に比べると多少マシな展開が望めます。
 
ボダには「見捨てられ不安」が常にあります。
それがどのような関係であれ、タゲとして傍に置いた人であればあるほど、その縁が切れそうな時はなりふり構わず、自身の全てを動員してその状況を「改善」しようと試みます。この場合の「改善」は、見捨てられ不安を解消するために「その場を凌ぐ」という意味です。決して自分の行動を悔い改めるといった類ではないので注意が必要です。
 
親がボダの場合(一部では「毒親」という表現をされている場合もありますね)、子どもは幼い頃から様々な被害を受けます。親子関係にはデフォルトで「上下」が存在しますから、子どもをタゲって操作し「タゲのエリート」として育てる事は比較的容易です。そして、同じ子どもであっても兄弟間ではその扱いに格差が生じることもあります。複数の駒(とボダが考えている人)には役割を与えて操作をすることもあります。例えば、子どものうちの一人には愛を与えず、逆に別の子どもには過剰に愛を与えることもあります。(その役割の割り振りは必ずしも固定ではありません。)
ですので、「兄弟が一斉に一律親から逃げたい」と考える状況は少ないかもしれません。もしそのような状況が起こるとすれば自我をはっきり持って以降となりますが、その頃には恐らく兄妹の生活様態が一致していることはないでしょう。つまり、タゲられてその影響が強く出ている子どもと、親を嫌って距離を置いて逃げている子ども、といった具合に。
ですから、兄弟姉妹一斉に逃げる、というのは考えずに、ともかく自分の安全を最初に確保することが肝心です。残念ながらそれで疎遠になる場合も多いですが、兄弟姉妹一斉に逃げようと思うのであれば、むしろボダ親をどうにかする方がはるかに手っ取り早く、そして現代社会ではそこまでの援護の仕組みはほとんど存在しません。
残念ですが、まず自分を優先していくのが、ある意味もっとも最良の手段と言わざるを得ない、と私は考察します。
 
 
一方で、婚姻相手がボダであり、子どもを連れて離婚をしたいと考えた場合は、少し事情が変わります。
離婚をして親権を確保すれば、その後はいくらでも「子どもを連れて退避する」ことが可能になるからです。(不安がすっきりと解消する、とまでは言いませんが。)そのための法的な手段も(先の例に比べればはるかに)整っています。
しかしながら、特にDVを伴っていない被害の場合、第三者にはその被害が見えにくいという現実があります。ボダの被害は、被害を受けた人には確実に「地獄だ」と思わせることができますが、受けていない人にとってはいまいち掴みにくいものなのです。
その上、ボダは往々にして「それなりの社会性」があるため、タゲ以外の人には、特に関係が薄くなれば薄くなるほど「普通の人」に見えます。まるでタゲの人が最初好印象を覚えた時のようなものです。
 
そしてもっとも注意しなくてはいけないのは、ボダの被害に遭われた本人もまた、ボダの影響を受けた状態で居るということです。被害が終わると自覚症状が出てきますが、ボダの責任転嫁的な非難にさらされ、あらゆる屁理屈で非難され、束縛され続けた時間が長ければ長いほど、被害者もまたボダに引きずられて「ボダっぽい」状態になってしまいます。
 
このため、第三者に説明をする時には注意が必要です。
具体的には、証拠を元に論理的に説明をすることです。メールの履歴、会話の内容や日々の行動を記録した日記、少しでも受けたレベルから含めて暴行の記録をとる(可能な限り、診療機関で記録が残るようにする、)そういうものが証拠になります。そして、「あなたの妄想ではなく実際に」ボダがどれだけのことをしてきたかを説明しなくてはいけません。
そして、相手に病歴等の明快な第三者の診断がない限りは、絶対に相手の非難をしないことです。相手の非難は被害者の心証を悪くしてしまいます。特に、ボダの行為は体験しないと信じられないレベルですから、その説明が第三者の心に届く可能性は少ないです。
 
ボダから親権を得て離婚にこぎつけるには、(特にボダが女性で、親権を得たいのが男性である場合は、)相応の時間と労力が必要かと思います。
ですが、上記のような積み重ねを地道にやっていくしかありません。
 
また、ボダの被害者は、ボダの要求を通してしまう傾向があります。
例えばこれは一般論ですが、「親権を取りたい場合は、子どもを連れて別居する」「子どもが嫌がっていることを理由に、朝廷や裁判が終わるまでは子どもに会わせない」といったセオリーめいたものがあります。
ですが、被害を受けている人はボダに良心や罪悪感をせめられて、要求を通してしまうことがあるのです。
ボダとの決別に一番大切なのは、「とにかく境界を超えさせない」ことです。
(ボダ相手に限らず)決別をする人に対して、「良い人だと思われたい」等の感情は不要です。どうやったところで、あなたは良い人にはなれません。あえて悪意を振りまく必要は全くありませんが、他人の評価ではく、自分の意志を強く最優先しないときちんと決別はできないのです。
 
ボダは、人の良心や甘さにつけいる事がとにかく上手です。
ボダがボダの心を満たさなくてはいけないという理由から、社会性も決して低くありません。社会性が低いとタゲが捕まえられないからです。ですから、ボダが被害者にどれほど非道なことをしていたとしても、その他の人の前では非常に評価される行動をとることができます。
 
被害者は、いかに第三者に客観的に被害を伝えられるか、そして強く相手と離れたいかを示す覚悟と、時間と、労力を惜しまずに行きましょう。感情的にならず、根気よく対応をすれば、道は開けるかもしれません、と私は考察します。
 
 
実際には、私は専門家ではありません。
例えば弁護士ではないですし、例えば心療内科系の資格や医師の資格を持ち合わせているわけではありません。
専門家に相談をしながら進めることを強くお勧めしますが、「ボダの被害を知っている者」としての考察はこんな感じです。
 
被害者の方が、これからよい人生を踏み出していけることを祈ります。