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ボダ被害に遭わない、逃げ切るためのブログ

境界性人格障害者から被害を受けている方のためのブログです。

境界性人格障害者との関わり、依存と価値

まず最初に、このブログは境界性人格障害者、或いは境界性パーソナリティー障害者、ボーダーラインまたはボダと呼ばれる人について書くブログです。

ただし、境界性人格障害者向けの記事ではありませんので、境界性人格障害者は読まずに移動してください。

この記事は、境界性人格障害者の被害に遭った、或いは遭っている人たちに向けています。

境界性人格障害者の被害に遭う場面は色々ありますが、おそらくは恋愛に絡んだ被害が一番多いと思います。

そういう意味では異性の被害者が多いですが、決してそれだけではありません。恋愛に絡まない関係、例えば会社の同僚であるとか、ママ友であるなど、クローズドな人間関係の中では、同性であっても被害に遭うことがあります。

被害に遭っている最中は、こんな心情になってしまいます。

・自分が相手の支えになっている。場合によっては、自分「だけ」が相手の支えになっている。自分がいなくては相手は立ち行かなくなる、もしかしたら死んでしまう。

・機嫌を損ねるのは非常にまずい。日常生活に支障をきたすレベルのケンカ、例えば夜通しで罵倒される、暴力を振るわれる、全ての予定をキャンセルしなくてはフォローできない事態になる、または相手が報復として非倫理的なことをしてくるかもしれない。

・罪悪感がある。自分が相手をないがしろにする行為をとることができない。見捨てるとみなされる行為をとることができない。相手が嫌がる行為に強く罪悪感を感じてしまう。例えば、異性と対面で、またはSNSを通しての会話や、無理な頼まれごとを断る行為など。

・相手に対等にモノを言えない。相手の不都合、或いは嫌がることに対して明確な判断基準が持てず、まるで地雷が埋まった地面を歩くような、さぐるような対応をしてしまう。

被害にあってない人から見ると、信じられないレベルです。それが恋人だというのなら、なぜそこまでしてつきあっているのかわかりません。それがママ友であればつきあいを断つレベルですし、会社の同僚であれば転職すら勧めたいレベルであり、伴侶であるなら気の毒に思い、許されるなら離婚を提案したい状態です。

しかし被害者当人にとっては、被害者の存在意義と死活問題に関わるレベルで大切にしなくてはいけない問題になっています。

なぜなら、境界性人格障害者、ボダがそうしているからです。つまり、ボダは被害者にボダ自身を害する、或いは棄てることに対して、強い罪悪感を持たせる事に注力しているのです。そのためなら、倫理的な垣根は越えます。そのためなら、自らつくりだした嘘を真実と信じ込んで周囲に、または被害者に吹聴します。

被害者は、時にボダから神のように持ち上げられ、時に人と思われていないかのような対応を受け、翻弄されながら取り込まれます。

罪悪感と使命感と苦悩を抱えた被害者は、その根幹を掴んでいるボダと、依存しあう関係になってしまうのです。

そして、もうひとつ境界性人格障害者が注力することがあります。それは、被害者の既存の価値をなくし、すげかえることです。

通常、人は意識的に、或いは無意識に、自分への価値を持っています。自信の源であり、それこそが自己であるものです。ボダは、これを破壊し、被害者に自己の価値を失わせます。同時に新しい価値を植え付けます。つまり、ボダを支えてる事こそが、被害者にとっての価値であると。

これは非常に被害者にとっては重篤な問題です。(相手がボダではなくとも)他者に自分の価値を置いてしまうことは、場合によっては価値が不安定になる行為なのです。

少しボダから離れて、わかりやすい例をあげます。

わかりやすくおかしなものとして、自分のこどもに過度に期待をする親、をあげることができます。

こどもの成長が生き甲斐のレベルを越え、過度な期待をこどもに持つ親。こどもの躓きが自らの失敗になり、そうならないためにこどもを支配する親。予想されるこどもの行動はどうでしょうか。親に支配され、怖がり、従い、親の評価に一喜一憂。こども本人も、自分の価値が親に依存してしまうことは、想像に難くないでしょう。

本来、自分の価値は自分の中にこそあるべきなのです。他人の行動で自分の価値がなくなることはありえないし、あってはならないのです。

話を戻します。

ボダは被害者の価値を壊し、すげかえます。結果的に被害者は、ボダに自身の価値を置いてしまいます。自身の価値を相手に置いてしまうと、相手をどうにかしなければ、自身の価値がなくなるのです。

これがどれだけ重篤な状況か、先の例と併せれば伝わるでしょうか。

チープな言葉で表すなら、こいつは・この人は、自分がいないとダメだ、ということです。最終的に、まるで奴隷の鎖自慢の如く、ボダに与えられた苦難をクリアすることが自尊心の源にすら感じるようになります。

ですから、被害に遭っている方は、勇気を持って足を止めてください。

あなたは、ボダである「その人」がいなくても、明日も普通に存在できます。あなたには、あなたが本当は持っていた価値があり、それは無価値に思えていても、なくなったわけではないのです。

ボダは、あなたに価値を依存します。

あなたは、ボダに価値を依存させられています。

だけどあなたには、ボダに無関係なちゃんとした価値があります。他人のための価値にならなくていいし、他人に価値を求めても心が壊れるだけのことです。

あなたは、ボダがいない人生をちゃんと歩いていけます。

むしろ、その人生は今よりきっと良いものです。

落ち着いた、平穏な人生を、取り戻しましょう。

あなたが頑張るべきのは、唯一、あなたのためにですよ。